2016年 07月 28日
大月の岩殿山から稚児落としを目指す その3
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きのうの朝、鶴岡八幡宮に行ってきましたよ。

いやあ、びっくり!ほとんどハスの花など、咲いていなかった。
もういつの間にか、季節が過ぎてしまったようだ。

これはかろうじて咲いていたピンクの花。
来年また頑張ろう。

さて今回は少し前のお話なのですが、5月16日に大月の岩殿山から稚児落としを目指したときのお話の 3回目です。
地味な話ですが、よろしかったら続きをどうぞ・・・。




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「岩殿山ふれあいの館」のある丸山から岩殿山目指して歩いていく。

とにかくひたすらの石段歩きである。
こういうのは北アルプスの難所よりもむしろつらい気がする。

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そのうち大きな岩が現れると、ちょっと岩殿山らしくなってくる。

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9時16分(大月駅から歩くこと 46分後)、稚児落としとの分岐に到着。
ちょうどそちらに向かおうとしている男性ロンリーハイカーがいた。

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その 3分後、「第二の関門」と呼ばれた大きな自然石を使った揚城門跡を通る。
そう、ここ岩殿山(いわどのさん)は山城のあった場所なのだ。

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まずは「番所跡」という案内板があり、次にご覧の「馬屋」と書かれた標柱が現れる。まさに岩殿山が山城であった証しだ。

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そして 9時22分(大月駅から歩くこと 52分後)、大きな石碑の立つ岩殿山山頂に到着。

ちなみにここでの手帳の記述は「あつい、かゆい」の2つだけ(笑)。
あまりここまでの登山を楽しんでいた様子はないね。

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山頂にはご覧の案内板もありました。
さて、大月市観光協会によると岩殿山(いわどのさん)とはこんな山です。

戦国期の築城とみられる山城。円通寺の聖地でもある、「甲陽軍鑑」に岩殿山が三処の名城の一つとあり、その存在は古くから知られていた。
「甲斐国志」によれば、山頂部の一帯に「揚城戸、馬場、蔵屋敷、本丸、亀ガ池、空湟」などの地名が残っている。
遺構の残存状況も良好で、学術的価値は極めて大きいものである。


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もちろんここからも正面にどかんと菊花山と思われる山などが一望できる。
晴れていれば富士山も見えるはずだが、この日は望むべくもない。

ちなみに、これはあとで知ったのだが、標高は 634mで、偶然スカイツリーと同じ高さなのだそうだ。

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近くには東屋がある。
思い出したぞ!

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じつは 11年前にも私はこの山を訪れている。
そのとき大月駅で購入した釜めしをこの東屋で食べたんだっけ・・・。

今でも売っているんだろうか?

さて、先程のイラストマップによると私がいる場所はどうやら本当の山頂ではないらしいことが分かった。
山頂はもっと東側にある「本丸」の方のようだ。

悔しいから、本当の山頂を訪れてみるか・・・。

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by JunMorosawA | 2016-07-28 09:44 | 低山歩き | Comments(0)


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