2009年 09月 09日
富士登山記 2009 その9
8月19日1時20分、富士宮口新5合目から歩き始めた私は、宝永山を経由して御殿場口登山道に到達。富士山の大自然を満喫しながら一人、宿泊予定地の8合目赤岩八合館を目指したのであった・・・




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富士宮口新5合目から歩き始ること4時間10分、やっと本日の宿泊予定地の8合目赤岩八合館まで辿り着いた。

時刻は5時30分。何と吐く息が白い。温度計を見てみたらいつの間にか12度になっていた。冬の気温だな。

ご覧のように山小屋の前には数組のハイカーがいて、今までの山小屋の中で一番賑わっているイメージだった。
じつはこの山小屋を選んだのも、ネットの評判がよかったからだった。

それでも小心者の私は、しばらく山小屋の前でぼおっとしていた。いまだに見えていた影富士を見ていたせいもあるが、やはりすぐには勇気が出なかったのかもしれない。

やがて明らかにスタッフと思われる人の姿を見かけたんで、「今日は泊まれますか?」と尋ねてみた。

すると「え?」っていう顔をされてしまった。彼は単なる宿泊客だったんだ。

近くで金剛杖に焼印を押していたスタッフの人がいて、彼が「泊まれますよ」と言ってくれた。
で、入っていこうとしたら、

「裾(すそ)を払ってください」

と止められてしまった。

見ると確かに入口にズボンや靴に付いたホコリを落とすための箒があった。
確かに私はホコリまみれになっていたのは事実なのだが、そのぶしつけな言い方に、少しだけ気分を壊した。
やっぱり山小屋のスタッフってそんなもんか・・・。

● 山小屋の中に・・・

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ズボンの裾を払い、中に入る。入った場所は土間になっていて、そこに大きな火鉢があった。真夏でも火鉢の火が絶えてないのは富士山ならではだ。

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中はこんな感じで結構雑然としている。やはり宿というよりは山小屋という名前が似合っている。

右上にかかっている写真が見えるかな?若き日の皇太子が写っている。
へえ。皇太子が泊まったことのある山小屋なんだ。初めて知った。

さて、まずは宿泊手続きである。
とはいってもこの山小屋はちゃんとした宿帳記入などは一切ない。ただこちらの名前を聞いてきただけ。
で、あとは素泊まりか食事をするかどうかを尋ねられる。それでおしまいだ。

宿泊料金は2食付で6,500円。一昨年の白雲荘が7,350円、去年の大陽館が8,925円だから、今までで一番安い。

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寝床へはワッチキャップをかぶったスタッフが案内してくれた。このスタッフはびっくりするほど愛想のよいスタッフだった。
例えば私がカメラを持っていることに気づいた彼は「大切なカメラの方、気をつけてくださいね」と気を配ってくれた。

こういう人もいるんだなあ・・・。

赤岩八合館は収容人数150名ってことだから富士山の山小屋の中ではそれほど大きい方ではない。

で、二段ベッドになっている寝室のすぐ前がご覧のように居間兼食堂になっている。
つまり居間兼食堂と寝室が全く一緒。これではうるさくてかなわないんじゃないかと心配した。

私は居間兼食堂の真ん中あたりの二段ベッドの上の段に案内された。この写真はその二段ベッドの上から写したものだ。

● 豪華な(?)夕食

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一通り片づけをしてしまった私は夕食に取り掛かることにした。

ここの夕食の形式は変わっている。別に食券を手渡して食べるわけでも、名前を告げて食べるわけでもない。勝手に食べるんだ。つまり食べたかどうかのチェックをしない。

それでは1人で2度食事をすることもできてしまう。いや、それでもいいのだろう。何故なら、富士山の山小屋としては珍しく、カレーもご飯も、お代わり自由なのだ。

ちなみにお茶(お湯)の方もおかわり自由。これで宿泊料宿が6,500円というのは破格なのではないかと思う。

● 寝床の中で

食事を終えた私は寝床に戻る。食堂は食事をする人に譲らなければならないから、他に居場所がないのだ。

体をチェックしてみる。
意外なほど私は元気だった。

足も腰もヒザも何の問題もなかった。新しい登山靴を履いたことによる靴ずれのようなものもなかった。

ただ流石に少しだけ頭が重かった。高山病の症状だ。
この山小屋の標高は3330mのはず。これは過去泊まった山小屋の中では一番標高が高いのだから無理もない。むしろこの程度ですんでいるのは奇跡かもしれない。

何しろ寝床に戻っても目の前が居間兼食堂だから賑やかだ。

その中で一番目立っていたのが80歳のご老人。戦争の話などをしきりにしていた。
どうやら彼は1人でここまで登ってきたようで、あとの話を聞いている連中はみんなこの宿で知り合った他人のようだった。立派なものだ。

一方4~5人の若者のグループがいて、彼らの話を聞いていたら、全員に高山病の症状があるようで、しきりに「頭が痛い」とこぼしていた。年齢には関係ないようだ。

あと、「股関節がしんどい」という話もしていた。
へえ。それは私は全く感じない。やはり山登りって普段とは違う筋肉を使うのかもしれない。

● 夜景

用を足すために外に出る。
そう、この山小屋はトイレが完全に外にあるのだ。ちょっと不便だが、宿泊客ではない人も利用できるようになっているためだ。
ちなみに宿泊客はタダだが、外部の人が利用する場合には200円かかる。

このときの私は薄いセーターを着ていただけ。それでもほとんど寒くなかった。富士山でこんなに暖かい夜は初めだ。

何気なく下の登山道を覗いてみる。しかし宝永山で出会った親子連れの姿はなかった。途中でリタイアしてしまったのだろうか・・・。

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上の写真はトイレに出かけた際にコンデジで写した夜景とも呼べないような夜景写真。あまりにも暗過ぎたのと、三脚がなかったのとで、これが限界だった。

ところで右の方にオレンジ色の明かりが見えると思う。これは自衛隊の演習の明かりなのだ。
明かりだけじゃなく、音の方も「ドーン、ドーン」と響いてきていた。

富士山が世界遺産に登録されないのは、こうして富士山に向かって大砲をぶっ放していたりするためだという話を聞いたことがある。
そうかもしれないなあ・・・。

● 長い夜

9時過ぎにとうとう消灯になる。食堂も含めて途端に本当に真っ暗になった。

今回とても恵まれたことに、本来3人詰め込まれる1ブロックに2人で寝ていた。しかも隣のブロックは空いたままと来ている。
こんなにゆとりがあるのは今回が初めてだ。これは御殿場口があまり登山ルートとして人気がないが故だろう。

驚いたことに消灯になってすぐ・・・っていうか、消灯以前からもうイビキをかいて寝ている奴が何人もいた。
本当に羨ましい奴らだ。その特技を俺にも教えてほしい。

とはいっても去年・一昨年に比べれば静かなものだった。
思えば去年などは両隣の奴が大イビキをかいていて、まさにイビキのステレオ攻撃に遭っていた。それに比べればずっとマシだ。

「これで今年はぐっすりと眠れる」と思っていた。

ところが・・・

肝心の私の方がおかしかった。眠りに落ちそうになると、何故かその瞬間ビクッとして目が覚めてしまうのだ。

寝ている間に高山病が進行することがよくあるという。実際少し頭が重くなってきていた。
だから私は自ら眠りに落ちそうになるのを必死になって防いでいたのかもしれない。
防衛本能のように・・・。

というわけで、過去最良の環境の中で、過去最悪の睡眠状態になっている私がいたのであった・・・。

(つづく・・・)

by JunMorosawA | 2009-09-09 18:42 | 低山歩き | Comments(0)


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