2009年 07月 28日
富士山御殿場口新5合目探訪記 後編
今回は富士山御殿場口の新5合目周辺を訪れたときのお話の続きです。

北鎌倉から横須賀線→東海道線→御殿場線→登山バスと乗り継いで御殿場口新5合目に辿り着いた私は、軽くストレッチを行ったあと、8時45分に双子山目指して歩き始めた。

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あいにく5合目周辺はガスに包まれていて何の展望もなかった。
ところが9時20分を過ぎたあたりから、ご覧のように急速にガスが取れてきた。

そしてこのあと私は、ちょっと奇跡的な光景を目にしたのであった・・・。




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そう。富士山が忽然とその姿を現したのだ!

富士山の左手前にぼこっと盛り上がった山が見えると思う。

これは宝永山と呼ばれている山で、江戸時代の宝永4年の際の「宝永大噴火」の際にできた山だ。
こういう山を側火山と言ったり、寄生火山と言ったりするらしい。

富士山には過去2回登っているのに宝永山を見るのはこれが初めてだ。いわば御殿場口ならではの光景ってことになる。素晴らしい!

富士山の上には大きな傘雲がかかっている。傘雲ってよりは、まるで原爆のようでちょっと不気味だ。
このような傘雲がかかるのは雨、風共に強くなる前兆とか・・・。

一方下に目を転じると、登山道がすうっと山頂に向かって伸びているのが見えた。

実はこのとき私の近くにロンリーハイカーがいた。彼は目の前に忽然と姿を現した富士山に吸い寄せられるように、その登山道の方に向かって道なき道を進みだした。
きっと予定を変更して登る決心をしたのだろう・・・。


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9時40分、双子山山頂に到着。

ご覧のように山頂には白い鳥居と、墓石のような、ちょっと不気味な石碑が立っている。何の謂れがあるのかはさっぱり分からない。

ちなみにこのあたりに昔「御殿場スキー場」という市営のスキー場があったらしい。それが15年ぐらい前か、雪崩の事故があり、リフトが根こそぎ流されてしまって閉鎖となったということだ。

ここで簡単に朝食だか昼食だか分からない食事をする。

またガスが発生してしまって、富士山や宝永山がほとんど見えなくなってしまったのが残念なところ。できたらこの山頂から見たかったところだ。

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双子山を下りて今度は幕岩という場所を目指す。

このあたりは芝生のような草と共に、松の木のような樹木が少し立っていた。
松の木の正体はネットの情報によるとカラマツっぽいが、「マツ科の針葉樹シラビソ」なんていう単語も出てきて、恥ずかしながら今の私にはどちらだか分からない。そろそろ樹木に対する苦手意識も克服したい。

それにしても、何だか私はすごいところを歩いている。

広大に広がる風景。道は砂礫の道で、その左右に広がる芝生のような草。左下には針葉樹っぽい樹木・・・。

他の普通の低山で見られない風景だ。ネットに「西部劇を思わせる風景」なんていう表現があったが、本当に日本の風景ではないみたいだ。

この道、面白いじゃないか!

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10時5分。分岐に到着。ご覧のように指導標に「須山口下山歩道」という文字がある。
そう。マイナーながら、須山口(須走口とは別)という登山道があることは私もネットで知っていた。どうやらここがその須山口登山道の下山道らしい。

目的地の「幕岩」の名前が見当たらないのが不安だったが、私はここを左に曲がった。

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どうやらこの上の部分が白くなっている柱が登山道を表しているようだが、柱と柱の間が結構離れているところもあり、やや心細い。

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そのうち、森林限界を完全に下回ったのか、樹林帯に入っていく。

そして10時22分、ご覧の白い指導標に遭遇。
進行方向が「水ヶ塚方面」で、左下が「幕岩・御殿場口駐車場」になっていた。

私は今回幕岩に向かうのだが、進行方向の水ヶ塚こそ、須山口登山道のスタート地点なのだ。

ちなみに須山口登山道は奈良、平安、鎌倉、江戸時代と修行や信仰の為多くの登山者が利用した歴史ある登山道だったらしい。それが1707年(宝永4年)の宝永大噴火により甚大な被害を受け、須山口登山道は廃道になった。

それを渡辺徳逸氏をはじめとする地元の有志により、平成9年に復活されたということだ。

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分岐からほんの数分後の10時27分、幕岩に到着。

ネットに「幕岩は、富士山の雪解け水が長い年月を経てつくりだした奇岩で、巾は100m、高さ30mもあり、筆舌にしがたい絶景」などと書いてあったが、別に「筆舌にしがたい絶景」ってほどでもないと私は思った。

別なサイトに、「要するに涸沢のドン詰まりに屏風のように位置している岩である」と説明されているが、まさにそんな感じではある。

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これは後ろを振り返った絵。涸沢(かれさわ)とはいっても岩がゴロゴロしているわけではない。幅が10m以上のある砂礫の道で、その左右には林があるのに、涸沢の部分だけが樹木1本生えてない。
こっちこそ異様な光景だった。多分砂礫の下は固い溶岩なのだろう。だから樹木が生えないのだ。

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幕岩からは一転して樹林帯の道になる。とても今富士山にいるとは思えないコースで、樹木の種類など全く分からないけれども、いわゆるブナ林のような雰囲気があった。
なかなか変化に富んでいて面白い!

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樹林帯を抜け、11時半、再び御殿場口新5合目の登山口まで戻ってくる。すでに帰りのバスが停まっていた。

5合目は深いガスに包まれていた。双子山の直前で富士山や宝永山が見れたのは奇跡に近かったようだ。

こうして久しぶりに富士山に触れてみると、また登りたくなる。
でもすでに河口湖口と須走口からは登っている。同じコースじゃつまらない。このつらい御殿場口からの登山をするか、それともいっそ、吉田口の0合目から(麓から)登るか・・・。

ただそんな体力が果たして今の私にあるのかどうかが問題だった・・・。

by JunMorosawA | 2009-07-28 21:31 | 低山歩き | Comments(0)


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